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大美展理念

美の極致とは宇宙天地の神霊のことである。
美は万象に存在して常に清らかな愛情と微笑を注いでいる。
我々は至上善美を探求して最も高表現しようとするのである。
それは大なる神秘と不動の道標でありまた、我々の理念であり信仰でもある。

大美会は結成ここに5周年、公募展開催にあたって、
幸い自然の啓示に基き郷土画壇の向上と隆盛を期し、
各流各派を抱合せる自由にして荘厳なる学園、温和にして至純精進の真道場として、
善上を表彰し新人を挙げ以て新日本画の樹立を使命とするものである。

                         昭和31年3月
                         大阪美術協会

 

大阪美術協会 由来

戦中から戦後にかけて大阪では、竹内無憂樹主宰の新樹社(昭和16年)が結成され、日本画の公募展(新樹社展)が大阪市立美術館で開催されていた。
戦後、文化復興と大阪における日本画の発展をめざして、竹内無憂樹の呼びかけにより、当時大阪画壇で活躍していた矢野鐵山ら日本画家により、昭和26年に大阪美術協会が結成された。 創立委員は、矢野鐵山、菅 楯彦、生田花朝女、福田芳穂、平野長彦、山口艸平、久保田耕民、赤松雲嶺、竹内無憂樹(いずれも故人)の9名であった。
昭和26年大阪北区未生会館で研究会が重ねられていた。昭和27、28年には第一回、第二回の創立委員による大美会展が、大阪大丸百貨店で開催された。 創立6年後の昭和31年3月18日に、公募展として第一回大美会展が大阪市立美術館で開催されるはこびとなった。
その後、今日まで毎年大阪市立美術館において開催されてきた。